ここのブログは僕の日記帳みたいな部分もあるんで、あんまり皆様にお届けするに値する情報は少ないかもしれません。お時間の許す方のみご覧下さいませ。

「日本庭園は自然の表現が優れている」
なんて言葉をよく耳にしますがこれ実は大嘘なんです。たしかにフランスなどの整形式庭園と比べると、自然をモチーフとしている分自然的な表現とは言えますが、日本庭園の特徴は抽象なんです。でも皆さん日本庭園が抽象的表現なんて聞いたこと無いと思います。僕もありません。
冷静に考えたら竜安寺の石庭などどう考えても、現代アートレベルの意味不明な作品だと思いませんか? ZEN-禅という謎単語に惑わされてますけど、前衛なんです。日本好きな外人と庭の話をする時に説明に困ると、ZENって単語出せば大体黙ります。oh東洋の神秘!って思考停止してくれます。まぁ僕もそうですけどw。

竜安寺なんて極端な例を出しましたが、大体の日本庭園で使われてる表現手法は縮景っていう実際の風景を縮小して表現するんです。
同じく枯山水の代表的な庭で大仙院とかありますけど、これなんかは山から海までを表現してたりします。一方イギリスなんかのガーデニングなんかはそのまま自然環境を再現したかのような物が多いですね。

なぜこの話をするのかと言うと、問題点が出てきたんですわりと地味に致命的な問題です。
東洋=自然 西洋=人工という単純な二元論によって思考の枠を歪められてる人が多いと思います。従来の日本庭園の抽象表現は手垢が付き過ぎてもう賞味期限切れなんですが、でも多くの人が日本庭園は自然なんだ!って刷り込みによって、本来欲しかった自然の潤いを得られず、ガーデニングなんかに走ったり庭に失望したりしてる状況はこれが原因だったりします。

どんな優れた表現でも、劣化コピーが大量生産されれば終わりです。

従来の伝統的な表現手法が終わるだけなら別にいいんです。よくある話なんです。ですが問題を整理すると日本庭園=自然的表現で多くの手法が道ずれなんて状況なんです。もちろんこれだけではなくて、植木屋自身の怠慢など多くの問題が他にもありますが、問題提起の一つだとお考えいただけると幸いです。

明るい情報としては、日本庭園の新しい形として「雑木の庭」なんてジャンヌが確立してきました。より1/1スケールでの自然環境を再現したような様式です。縮景/抽象表現という巨木が倒れた後には色々な新芽が出てきているので、もっと混沌とした活気と情熱のある業界になるといいなと、私も種火の一つになれるように努力いたします。